長崎地方裁判所 昭和61年(ワ)91号 判決
原告
佐々木仲子(X1)
同
株式会社出島(X2)
右代表者代表取締役
桑野蓉子
右両名訴訟代理人弁護士
浅井敞
被告
長崎市(Y1)
右代表者市長
本島等
右訴訟代理人弁護士
川口春利
中園町一六番一七号
被告
武藤建設株式会社 (Y2)
右代表者代表取締役
武藤章
右訴訟代理人弁護士
金子寛道
右同
水上正博
被告
竹下建設工業株式会社 (Y3)
右代表者代表取締役
竹下晴彦
右訴訟代理人弁護士
峯満
事実及び理由
第三 争点に対する判断(以下高さの基準は特に記載がなければT・P(東京湾中等潮位)による。)
一 争点1(一)について
1 〔証拠略〕によれば、本件工事前の下の川の本件工事区間の状況は次のとおりであったことが認められる。
(一) 右岸は、緑橋の取付け護岸が原爆公園の地盤より約一・八メートル高く(約七・三メートル)、その上流側は、取付け護岸のスロープが終わる付近で原爆公園の地盤から約○・五メートルの高さ(約六・○メートル)になるが、別図一No.22地点にかけて次第に高くなり、それより上流は原爆公園の地盤からほぼメートルの高さになっていた。緑橋の取付け護岸より下流側は、そのスロープが終わる付近で原爆公園の地盤より約○・一八メートル高い(約五・七メートル)が、下流にかけて更に低くなり、別図一No.16付近で原爆公園の地盤とほぼ同じ高さ(約五・五メートル)になっていた。
(二) 河幅は一定ではなく、別図一No.22から約一〇メートル上流付近で右岸と左岸の天端間の距離が約八・二メートルと狭く、緑橋上流端から約一〇メートル上流付近で右岸と左岸の天端間の距離が約一五・五メートルと広くなっていた。
(三) 河床には土砂が流れ込み、また、別図一No.17の約四メートル上流の河床には、堰のような帯状のコンクリート構築物が設置されていた。
(四) 緑橋は、幅員約三・五メートルのコンクリート造の橋であるが、橋桁がアーチ型であり、河川断面積を小さくしていた。
2 原告の主張について、
原告らは、前記のように主張し、〔証拠略〕を提出するが、その作成者である証人帆足博明は、緑橋より下流側の右岸既設堤防高を間違えていたために毎秒八三立方メートルという計算になったのであって、前記のような右岸堤防高をもとに計算すると、流下能力は毎秒七五立方メートルになり、また、工事前の河川断面の状況については、図面等を確認したわけではなく、水害の約一か月後に下の川を測量した際の工事中の断面図とほぼ等しいと判断して計算したものであり、しかも、緑橋については全く考慮していないが、緑橋による堰上げ現象があるであろうからこれを考慮すれば流下能力は違ってくる旨供述している。この帆足証言に照らすと、右〔証拠略〕及び右訂正された計算は、計算の基になるべき工事前の断面図が明確ではない上、前記のように河川断面積を減少させている緑橋を考慮に入れていないなど、前提とすべき事実の認識を欠いているため、にわかに採用できない。
3 被告らの主張について
被告らは、前記のように主張し、〔証拠略〕を提出するが、右書証及びその作成者である証人桜木清徳は、毎秒六七立方メートルという計算は別図一No.14からNo.23までの各断面の平均値であって、緑橋上流端である同No.18における流下能力は毎秒四四立方メートルで最小であり、溢水の有無という観点からは、毎秒四四立方メートルを越える流水量があれば、緑橋による堰土げ現象により溢水が起こる旨供述している。
〔証拠略〕によると、右水理計算は、被告武藤建設の従業員である戸町善一らが水害後に測定した痕跡水位に基づき、水面勾配が河床勾配と極端な差がない上、下流地点に高い水位が発生していないと考え、また、下の川の形状に平面的に極端な差がないと考えて、等流計算を行っていることが認められる。これに対して、原告らは、(1)戸町ら測定の痕跡水位そのものが、存在しない樹木に付着しているとしたり、あるいは、松山橋上流や左岸において溢水がなかったり、工事完了部分の右岸沿いにあるビルの地下室に浸水がほとんどなかったなどの客観的事実に反しており、信用できない、(2)水面勾配は、水面下の地形勾配を反映するものであるが、戸町らが測定した痕跡は、原爆公園敷地上のものが大部分であるから、痕跡水位に基づく水面勾配をもって河床勾配と差がないと判断するのは相当でなく、また、水面勾配の計算において、掘削された河床の凹部分が死水域となる可能性を考慮していないのは相当でない、(3)河川の形状を判断するに当たり、掘削や築造中の護岸のために生じた死水域を考慮していない、(4)仮設道路や転落したバックホーにより下流地点において堰上げ現象が起こっていた可能性があるにもかかわらず、これらを無視していると批判する。しかしながら、仮にこれらの批判がそのとおりであったとしても(もっとも、右批判にかかわる死水域の影響及び仮設道路や転落バックホーによる流下阻害等に関する原告の各主張事実は、要するところ、本件全証拠を子細に検討してもこれを認めるには足りない。)、数値の詳細はともかく、緑橋の存在によって、本件工事前の下の川の本件工事区間における流下能力が著しく阻害されていたことは疑いがない。
4 以上のとおりであって、〔証拠略〕における計算では、平均の流下能力が毎秒六七立方メートルであるのに対し、緑橋の上流端における流下能力が毎秒四四立方メートルとかなりの割合で平均を下回っていることに照らすと、本件工事前には、緑橋が存在していたために、本件工事区間における流下能力は、少なくとも毎秒七五立方メートルを大幅に下回っていたものと推認され、原告らが工事中の流下能力として主張する毎秒六八立方メートルをも下回っていたのではないかという強い疑問を抱かざるを得ない。
二 争点1(二)について
1 〔証拠略〕によれば、過去の観測結果が保存されている長崎海洋気象台における本件水害当日の降雨量を過去の観測結果と比較すると、最大一〇分間雨量は午後七時から午後七時一〇分までの二〇・五ミリメートルが七位、最大六〇分間雨量は午後六時三〇分から午後七時三〇分までが八六・〇ミリメートルで四位であること、本件水害当日の下の川流域にある長崎土木事務所における降雨量は、最大一〇分間雨量が午後七時から午後七時一〇分までの二四ミリメートル、最大六〇分間雨量が午後六時二〇分から午後七時二〇分までの一〇三ミリメートルと、前記長崎海洋気象台における降雨量を上回っていること、しかも、最大一〇分間雨量については、長崎市内に大きな被害をもたらした昭和五七年七月二三日のいわゆる長崎大水害時の長崎海洋気象台における最大一〇分間雨量である二五・五ミリメートルに匹敵するものであること、日雨量二〇五・五ミリメートルのうち約半分に当たる一〇三ミリメートルが午後六時二〇分から午後七時二〇分までに降っていることが認められる。また、原告らは、前記のように長崎土木事務所における本件水害当日の降雨量を長崎海洋気象台における過去の観測結果と比較して論じるのは意味がない旨主張し、被告ら提出の〔証拠略〕を批判するが、原告ら提出の〔証拠略〕においても降雨量の確率評価には同様の手法が採られており、河川管理に関する知識を有する帆足証人及び桜木証人の双方が、長崎土木事務所における過去の観測結果が存在しないため長崎海洋気象台の過去の観測結果を用いざるを得なかった旨供述していることに照らせば、本件において、このような手法が合理性を欠くとは認められないところ、流水量の算出にあたって重要な判断要素となる降雨強度は、〔証拠略〕によれば一七年に一回、〔証拠略〕によれば二五年に一回の規模のものと確率評価されている。これらを総合すると、本件水害当日の下の川流域における降雨は、下の川改修工事において想定されている一〇年に一回という規模の流出量を上回り、通常の流出量を越えた、短時間における集中豪雨であったということができる。
2 一般に、河川の流水量を算定するにあたっては、河川流域の降水量、降雨継続時間、流域面積、流域の形状、開発状況等を考慮して、一定のモデルを設定して算出する方法及び浸水の痕跡等現実の溢水状況から推算する方法を比較し、双方で矛盾しない合理的な説明ができるかという手法が採られるが、そもそも未解明な要素の多い自然現象を対象としているうえに、いかに精度を高めようとも多くの仮定が入る性質のものであって、各種のモデルが提唱されているように、この方法ならば正確に算定できるというものはなく、手法の違いによってかなり異なる結果が得られるものであるうえ、現実の痕跡についても、そのすべてが河川からの溢水のみによる痕跡であるという仮定を前提としているのであるから、いずれにしても誤差は避けられず、このような水理学的討算の結果を無批判に採用することはできない。また、原告らは、〔証拠略〕が採用している痕跡水位について前記のような批判をしている。しかし、桜木証人の、かなりの仮定を設けて計算しているためにこのような計算においては数値の一桁まで信用していいかどうかという問題がある旨の供述に照らすと、ピーク流量についての原・被告双方の主張には大きな差はないというべきであって、仮に原告らの批判がそのとおりであったとしても、右の痕跡水位を使用していない〔証拠略〕における計算結果に鑑みると、本件水害当時の下の川のピーク時における流量は、少なくとも毎秒約八〇立方メートル程度のものであったと推認することができる。
三 まとめ
以上によると、本件水害当時、下の川には、ピーク時の流量が毎秒約八〇立方メートル程度にも達する多量の流出量があり、本件水害につながったものであることは認められるが、仮に本件工事に着手しておらず、下の川の本件工事区間が本件工事前の状態であったとしても、右の流出量があれば、下の川の本件工事区間の右岸から溢水し、しかも、その溢水量は原告ら主張の本件溢水による溢水量と同程度であったのではないかという疑問があり、本件工事中の下の川の流下能力についての各争点に関する原告の主張を問うまでもなく(ただし、前記一3参照)、結局のところ本件水害は下の川の本件工事に起因する旨の原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。
第三 結論
したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由がない。
(裁判長裁判官 江口寛志 裁判官 井上秀雄 森純子)